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Posts Tagged ‘研究’

こんにちは。先日書いた記事「新人教育」の続きになります。

 

 

前回は「新人教育」をする側の心構えを私なりに書かせてもらいました。私がここ数年、部下や後輩らに接してきた経験から記したものですので、経験則からの多少の偏りはあるかもしれませんが、社会において教育を真摯に受け止められていらっしゃる方には、共通する思想は少しだけでも被っているのではないでしょうか。

 

 

今回は私が教育という抽象的な行動をし始めたばかりの頃の話をしたいと思います。

 

 

海外から帰ってきてから大学院に戻り、大学院生として研究をし始めたばかりの頃です。今から7年前くらいになるでしょうか。あの頃は、私自身の研究テーマを進める一方で、大学生の後輩たちに研究テーマを提供し、知識や技術を教授し、さらに卒業論文に向かわさせなければいけないという思いで、ものすごく必死に取り組んでいました。午前中は自分の実験を行い、そして論文を読み漁る。お昼すぎからは、大学の授業が終わる夕方までに後輩たちの研究テーマを復習予習し、夜まで後輩たちの実験に付き添い、そして夜から自分のデスクに戻り実験データをまとめ始め、論文を読みあさりながら自分の論文を執筆する。こう書き出してみますと、バランスよく取り組んでいるようにみえて、実際の力の入れようは自分が2割で後輩たちが8割くらい。非常にアンバランスな日々を過ごしていると感じながら、でもやり甲斐も感じながらの毎日を過ごしていました。

 

 

当時の私は、自分の実績よりも後輩たちが如何に楽しく実験をしてもらえるか。また、今この瞬間の経験をこの先に待っている社会に対応すべく経験と能力を養ってもらえれるかを重要視していました。極端な話、「自分よりも後輩たちを」の精神であったことは間違いありません。その研究生活を1年近く送っていた頃、自分の研究の進捗が予定通り進められていなくなっていたことは言うまでもなく、毎日が冷や汗かつ焦り、そしてプレッシャーの毎日でストレスフルでありました。そうなると、公私ともに何をやってもうまくいかない、理解してもらえない、成果を出されていない。。。

 

 

そんな底辺を這いずりまわっていた頃、尊敬する研究者でもあり、尊敬する教育者でもあるS先生に声を掛けてもらった際に、掛けられた言葉があります。それは、「バランス悪すぎ」というシンプルな一言でした。またそれに続いて、「君が今やっていることにがっかりしている。君一人で成り立っている社会はどこにもないということを認識しなさい。」とも。私は痛感しました。後輩たちのことに時間を割きすぎることで、私自身の上司とのコミュニケーションを疎かにしていたことも、さらに報連相も滞っていたことも、何より私の研究の進捗状況を現場のトップが理解していなかったことも。これらを整理して、理解したときは、本当に自分にがっかりしたことを、今でも昨日のように鮮明に覚えています。

 

 

「バランス悪すぎ」

 

 

良かれと思って取り組んでいたことが、自分をここまで追い詰めるとは思ってもいなかったことを、今だから冷静に思い返せれることもあります。勿論、その後はしっかりフォローできたと思っていますが、特に今回は触れることはしません。バランスを修正することは特に難しいことはなく、今まで目を向けていなかったところに目線を落とすだけで簡単に修正できます。今、経営者として部下に、そして獣医師として後輩の獣医師たちに、上記で経験したことは今活かされていると思っています。

 

 

誰かに何かを教えることを経験していない人が最も陥ることを挙げただけですが、上記でも紹介した「バランス」は人のものさしが十人十色であるように、人それぞれであります。ですが、他人から自分を眺められたとき、「あの人はバランスが取れている」もしくは「あの人の指導や教育の仕方には筋が通っている」と感じてもらえているなら、それはそれで成功なのではないでしょうか。

 

 

【ひとりごと】その渦中にいるときは、大事なことが見えないもの

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いやぁ頭から煙でた!!!母校大学院のドクター論文発表会に参加してきました。さすが若手研究者の内容、非常に最新知見の集まりでタマらんでした!!!臨床系、応用系のみでしたが、どちらもお疲れ様でした。

 

先日学生はもっと卒論発表会に行きなさい的なブログを書きましたが、ドクター論文発表会も行ったほうが良いと思う。ドクター論文発表会で登壇する方達は、既に獣医師であり、一番近くにいる研究者でもあります。自分の学び舎に、そのような存在が近くにいるのは人生に付加価値が付くくらいなラッキーなことです。「僕は小動物行くから」「私は公務員にいくから」・・・そのような人生の士気の下がることを言うのはやめましょう。お金を取られるわけでも、命取られるわけでもありません。自分の学び舎の諸先輩方の雄姿は一度でも良いから目に焼き付けておくべきです。

 

あまり関係ないけど、学び舎をフラフラしていると危ないね。いろいろ共同研究の話が振って来る。ってか振って来すぎ先生たちwww

 

【ひとりごと】頭良くなった気がする

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とある獣医学生のブログを読んでみました。

 

HOKUTO’S BLOG 「6年生の先輩方、お疲れさまでした!」

 

少しだけ内容を転載。

僕は、卒論発表会は6年生の一つの集大成の場であると同時に、下級生にとっても貴重な話が聞ける場だと思ってる。基礎系科目ばかりの低学年、あるいは教養科目しかなくモチベーションが下がりやすい1年生にとっては、いま自分がやっていることが将来どう生きるかを肌で感じられる場。話の内容はよく分からなく ても、将来の自分をイメージするためにすごく役に立つ。

さらにもういっちょ。

なんで来ないのかを後輩に聞いたこともあったけど、だいたい返ってくる答えは「下級生は行かないものだと思ってた」「場所も時間も分からない」「何となく気まずい」「場違いな気がする」。学生にとっても、大学にとっても、すごくもったいないことでしょうよ。

 

百聞は一見にしかずという言葉は説明不要ですが、地の利を活かすか活かさないかは、人生左右すると思う。僕は結構馬鹿やってた学生だったけど、2年生のときからお世話になってた先輩の卒論には顔を出していた。3年生のときは、担任に誘われて行ってみた。4年生からはまぁ強制だから、5年間は卒論発表会には顔を出したことになる。おかげで研究室を決めるとき、死ぬほど迷った笑。でも死ぬほど迷ったことで、自分が選んだ研究室には一切後悔していない。これって、就活サボった学生が、入社した会社で「こんなハズはなかった」とか言ってるのと同じことで、研究室決めでも同じようなことを目の当たりにしたな当時。

 

あと大学では探せばいろいろやってますからねイベント。全てが糧となるよ。ちゃんと行け。

 

【ひとりごと】内向的だよみんな

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先日参加した学会から帰ってきてから執拗なくらい勉強モードな僕です笑

 

がっつり勉強とは言っても専門書を漁ったりしているわけではなく、僕の勉強方法はとにかく文献を読むこと。その文献も探して読む場合と勝手に降ってくるものを読む場合とあります。探す場所はお決まりPubmedですが、降ってくるのはGoogleReaderで登録しているジャーナル(医学雑誌)からという調子。年々Pubmedも検索システムが高品質になってくれるせいで?、ニッチな文献が拾えてこないことも起きていますが、そこは不効率にセコセコと探す作業を繰り返しています。たまにPubmedのネットサーフィンのコツを教えて欲しいと言われますが、コツなんかなくて、必死に探すのみ!ですね。一方で、GoogleReaderは非常に効率的です。自分が好きなジャーナルで登録しているだけ必要な文献が勝手に降ってくるので、まとめ読みも出来る。もうすぐキンドルファイヤーが出ますが、Amazonと提携しているジャーナルも多いそうなので楽しみです。つまり、情報収集はオーダーメイドっていうことです。その時代に合わせたシステムと自分の嗜好性を擦り合わせれば、好きな文献が勝手にくるので、最高です。

 

 

昔研究者時代に研究者仲間にプレゼンした情報収集の資料がコレです。一般公開しているなかで、結構読まれている方だと思います。こういう情報だってオープンソースだし、非常に良い時代になったと思います。上記資料に先述した内容がチラホラ載っていますが、更新していないシステムもあります。それは時代が進めば追加されて、それを使っているわけだし、例えばFacebookでもResarchGateだって使えるものは使うようにしています。とにかく貪欲にいかなきゃ出来ることも出来なくなるし、したいことも嫌いになってしまうからね。やっぱり僕は研究が好き。毎年毎年、自分にテーマを課せて、その重圧と付き合っていきたい。今年の目標達成までもうすぐ。今は来年度の準備期間。さぁ年末まで一ヶ月ちょっと。エンジン入れなおそう!!!

 

【ひとりごと】ってかとんとん拍子にいきすぎだって

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学会発表おわりました。時間帯が遅かったにもかかわらず、また発表した部屋が小さかったにもかかわらず、多くの方が聴きに来てくれて嬉しかったです。こういう臨床研究の内容がもっと小動物臨床の学会で増えれば嬉しいなぁって思いました。嬉しかったけど微妙だったのは、非常に評価の高いコメントをくれたのは大学関係者の先生方のみ。やはり、研究にはアレルギーがあるんだなぁって思ったし、知らない単語や新しい試みにはアンテナが張れないんだななぁって思ってしまった。新知見ってのが、たまらなく面白いのになぁなんてってか、それがかっちょよく言えばイノベーションってやつなんだよね。また明日!!

 

【ひとりごと】何度でもやってやる

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今日、三重県から当院にお越し頂いた飼い主さんがいた。その飼い主さんは、地元や名古屋市内のいくつかの動物病院を経て、当院にお越しになった。つまりセカンドオピニオン。病名は糖尿病。僕の専門とする分野である。

 

僕の糖尿病の診察は、まずはヒアリングから始まる。このスタイルは、尊敬する門脇先生に教えてもらったスタイルである。門脇先生は、日本糖尿病学会の理事長でもあり、東京大学大学院医学研究科の教授で、世界のトップに君臨するバリバリの研究者でもあり臨床医でもある。ヒアリングする理由は、企業秘密であるが、少し前に書いたブログ「糖尿病を専門として治療し続けて思うこと」でも取り上げたが、糖尿病の治療で最も大事なのは、飼い主さんとのコミュニケーション。僕は、それを家族会議みたいなもの、と言っている。詳しくは、ブログ記事をご覧頂きたい。特に、今日みたいなケース、セカンドオピニオンのケースではコミュニケーションを通じて、関係構築が重要となってくる。さらには、僕は糖尿病の学位を取得している専門家(日本の獣医業界には専門医制度が存在しないため、このような言い回し方になってしまうのだが)なので、結果より成果が大事になってくる。糖尿病治療における成果というのは、抽象的な言い方になってしまうのだが、「僕が土足で飼い主さんの家に入り込みながら治療が出来るかどうか」を指している。ざっくばらん言えば、「何でも言える関係」と言えよう。

 

僕は、飼い主さんとのある程度のコミュニケーションと、そのワンちゃんの基礎情報を入手することで、だいたい糖尿病に罹患している身体の中身が手に取るようにわかる感覚になる。それは、僕が研究から糖尿病に向かい合ったことがあるからだと思う。基礎研究〜応用研究〜臨床研究、すべてにおいて糖尿病を網羅した。そして、今でも最新の情報は学会や学術誌から入手して、頭の中の情報を更新していることに務めている。こういう作業も、研究者だった頃からの日課だったので、今でも普通にしている。ここまで、自分の身体の一部とした糖尿病治療というものに対して、今でも思うのは、糖尿病治療は本当にオーダーメイドであるということ。現に、糖尿病治療の専門書や教科書は確立されていないのは、それだからであろう。

 

今日、飼い主さんからヒアリングした内容は、今までの治療方針などが5割。そして4割は飼い主さんが希望する治療方針について。そして残り1割が僕がしたい治療方針についてお話することにした内容である。今までの治療方針について、僕は平気で賛成反対を言及するようにしている。ちなみに、賛成するケースはほとんどない。ここまで言えるのは、ナルシストでも何でもなく、僕が糖尿病の専門家であるという確固たる自信と業績に基いている。そして、よく感じるのが、糖尿病マニアと言ってしまいたくなるような悲観的現実が、多く存在しているということ。そこで、ブログタイトルでもある「糖尿病マニアと専門家との違い」である。

 

糖尿病という病は本当に治療方針を組み立てるまでが長く、そして困難を極める場合もある。だからこそなのか、勉強好きな先生方は一度勉強するとハマりやすい傾向があると勝手に思っている。しかしながら、それは、ただのハマりであり専門家でもなんでもない、ということ。実際に、今日の飼い主さんにも教えていただいたが、前の病院では「血糖値を下げれば治る」や「これでダメなら次はこれ」のように多くのインスリン製剤を使い回しになっていたり、また専門用語を多用し治療を行っていたということ、をちらほら耳にする。それではさすがに、飼い主さんには不信感を持たせてしまい、さらに治療方針が伝わることはない。伝わらない時点で、専門家ではなくただの陶酔、つまりマニアである可能性は非常に高いと、個人的には思っている。専門家はしっかりと「わかりやすく伝える」ことができるから専門家なのでしょう。

 

今日は、そのマニアからのセカンドオピニオンであったため、慎重にお相手させて頂きましたが結局のところ、先述させて頂きましたが、「相手の家庭に土足で入っていくようなきめの細かいやり取りも、糖尿病治療には必要だ」、としっかり飼い主さんとのコミュニケーションの間にお伝えも出来ました。それはマニアでは決してできないパフォーマンスでもあると思っています。隅の隅から糖尿病を知っていて、さらにはオーダーメイドで治療方針を組み立ててあげることができるのが、専門家であると思っています。科学者でもあり研究者でもあり臨床家でもある僕が言うのだから、間違いないと思います。

 

【ひとりごと】マニアは支離滅裂なことをいう

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君たちに伝えたい3つのこと―仕事と人生について 科学者からのメッセージ(中山 敬一)

 

ちょうど日経メディカルオンラインにて、中山先生がインタビューを受けていらしたので、思い出したようにこの本の書評を書いてみることに。まずは、日経メディカルオンラインのインタビューをご覧頂ければと思います。

 

臨床と研究の二兎を追うのはやめよう 研究者を志す若手医師への提言

 

インタビューでは、とにかく「研究の道に進むなら、一刻も早く始めよ」という中山先生の持論が展開されています。こう仰られるのは、医学業界への不安などがあるということが根底にあるのですが、インタビューでも触れていらっしゃったのは、若い時期に「研究」に携わっておくことで、その後の医師としての強みを発揮することができる、ということです。

 

「医学部教育は人体全体について理解を深める教育であり、それを踏まえて細胞や分子を研究することは意味のあることです。医学部を卒業し研究をすることは大きな強みを発揮します。」

 

こう仰られる意味、僕にはしっくりきます。理由は、僕が研究者だったからです(今でも研究者だと思っていますが、現場は臨床です)。確かに、獣医師として臨床で働くとき、「研究」を知っていると強みがある、と思っています。それは、正直言うと、研究者同士でしか共感出来ないことなのかもしれません。これは、臨床に出てみて最初に感じ、そして今でも感じていることですね。例えば、考え方のベースが最初から「研究」なのですね。最初から「研究」ということは、研究をしたことが無い方はまず思うことがないと思います。診断をするとき、治療をするとき、とにかくベースが「研究」。それで痛い目に遭ったことが無いというか、「危機管理」がしっかりしているからかもしれません。いくつかの選択肢、僕はそれを「仮説」と言い換えますが、その「仮説」に準じて、的確な情報収集をすることである程度、危機管理は出来てくるものだと思います。その後、実際にいくつかの仮説に準じた方法に沿って、診断や治療を行っていく。この流れの中には、経験則や感覚などは一切含まれていません。それが「研究」ベースと言っているような気もします。さらに、常に「新しいこと」に目が向くようにもなります。それだけですかね、「感覚」というのは。

 

では書評ですが、僕はこの本を読了した際に感じたのは、中山先生はどうしてこのような本を書かれたのだろうか?という疑問を抱きました。そして、考え込んだことを今でも覚えています。昔、高校の授業で、現代文の先生が、「作者の気持ちになって考えてみろ」って言ってたことを当時思い出したことも、今でも覚えていますね。働く人間として、中山先生は、「ルーチンワーカー」か「クリエーター」かどっちがいい?と問いてきます。つまり、「安定した平凡なルーチンワーカーか、リスクを背負った刺激あるクリエーターか。・・・1度きりの人生を賭けるならどっち?」と。またこの本でのルーチンワーカーの一つを臨床医と言っています。この発言に対して、ネットでも当時話題にもなったことを覚えています。またAmazonの書評でも、現役の臨床医が、「臨床医への冒涜だ」とも。僕的に言わせてもらうと、冒涜ではなく「警笛」だと思いますね。非常に浅はかと言うのか、定性的と言うのか、少し専門職からこのような発言が出るのは残念でした。

 

そもそも、僕がこの本を読了した際に感じたのは、中山先生の職歴に関係しているのでは?ということ。中山先生は、34歳の若さで旧帝大の教授に抜擢された一流科学者である。その一流になるために、中山先生がやってこられた仕事とその中身、これこそルーチンワーカーでは成し遂げられず、「クリエーター」だからこそできたこと、いや「クリエーターになった」からできたこと、なのではないだろうか。中山先生の一流たるその裏には、「志」「目標」「戦略」が気高く、かつ緻密に準備されていたのだと思う。中山先生が医師であり研究者であったため、医療系従事者向け、かつタイトルからも医学生向けと思われた感があるので、上記でも紹介したように「臨床医」からも残念な発言が出たのであろうと思う。

 

確かに、研究者は「クリエーター」だ。でも誰もが「クリエーター」になれるチャンスはあって、医療系従事者にとって「クリエーター」になれる最初のチャンスは学部卒後にあるということ。これは獣医系も同じ。そして、若い時期に「クリエーター」になることは、「志」「目標」「戦略」が早く身につくことは間違いない。「研究」は、いやでもそれらを叩き込まなければ出来ない職業。クリエイター(研究者)には、常に新しいものが求められ、かつなかなか人に認められない、そして、成功したらすぐ真似されるリスクがある。それで、身体も精神も傷めつけられます。それでも、また次を出していないと生きていけません。それでも、達成したときの喜びはこのリスクだけ、大きくある。この鍛錬を「研究」で養えることは間違いありません。僕自身がその証人でもあります。

 

【ひとりごと】やる気でた

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