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Posts Tagged ‘知は力なり’

いってきます

今日から三日間、岩手にいってきます。

 

知は力なり

 

友人に会いに行ってきます。

 

日本復興の先兵になっているかの確認も。

 

【ひとりごと】9月までお休みします。

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クリエイティブの可能性・・・多くの大学生と社会人が被災地でその神経を尖らせ、次の時代を担うために自分との対話を繰り返し、そして日本のみんなで繋いでいく東北支援プロジェクトが、明日(2日)から始まります。そのプロジェクトのリーダーをしている野村さんは、ここ数週間、遮二無二なって寄付金を募っていらっしゃっていました。理由は、若い世代、つまり大学生の旅費をタダにし、このプロジェクトを持続的に継続するために躍動されていました。さらには、このプロジェクトのリーダーを若い大学生にも担えれるようにと次を見据えた行動の数々・・・本当に頭が下がります。

 

今回集まった寄付金により、今回のプロジェクトでは大学生はタダで東北にいきます。多くの方々が協力をされていました。僕も正直に言うと、多額の寄付金を法人名義と個人名義で寄付致しました。それによって達成できたということで、僕も嬉しく思います。「タダで行ける」のか「タダで行かせてもらう」のか「タダで行くことができる」のか、それは個人個人想いは違うことではありますが、個人的にはその想いは何でも良いと思っています。ただし、寄付した人間としては、若い世代にこの想いだけを共有してもらいたいと思っています。

 

昔書いたブログで「日本復興の先兵となれ」というものがあります。これは今年の3月10日に書いた記事で、オリジナルの記事は立教新座高校3年生諸君へ宛てられた立教新座中学・高等学校の校長である渡辺憲司さんの言葉でもあります。それを引用させて頂いて、東日本大震災から1年経過したときに想いをブログに載せました。ブログを参照して頂ければ全文載っていますが、今日このブログで載せたい言葉があります。以下に並べておきました。

 

学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。

地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

日本復興の先兵となれ

 

僕はまだ被災地には行っていません。理由は、僕は大切な人を震災で失いました。ブログ「知は力なり」でも書きましたが、僕は深くて長い喪に服しています。それはこれからも決して終わることのないものだと思っています。しかしながら、多くの方が僕が被災地行くべきだと言います。行く行かない云々を垂れるのは、もうヤメました。僕は、8月末に友人が亡くなった岩手県大船渡市に行くことにしました。決まりです。

 

その前に被災地に行かれるクリエイティブの方々に僕はいくつかの想いを勝手に託しています。それは今はまだ言えません。いつか言います。そして、クリエイティブには、若い獣医学生を3名にも行ってもらいます。後輩たちをよろしくお願いします。間違いなく、日本復興の先兵になれると思います。そして僕は、先述しましたが、皆さんの後を追うように僕も向かいます。僕は僕の目線と対話をしてきます。

 

【ひとりごと】オリンピックで日の丸をもっとみたい

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今日はダラダラ書くと愚痴っぽくなるので、ちゃちゃっと書いちゃいます。すみません。

 

今日はイライラを通り越して、何か無我の境地みたいな感じで一日過ごしました。無我の境地とか言ってるくらいなので、口数も少なく、誰とも喋ることもなく、一日を過ごしていました。何があったかは割愛します。本当にくだらないことだし、くだらないことに対してイライラしているわけではなく、くだらないことをやってる連中が自分らがやってるって自覚が無いって顔をしていたので、呆れてモノが言えないってところに痛恨の極みが集約されていたわけですね。

 

長い時間、同じ場所で同じメンバーで、同じ仕事を繰り返す。これを僕はオールルーチンって言うんですけど、僕を知ってる方や略歴を知ってる方がいればわかるかと思いますが、ルーチンという言葉ほど僕に似つかわしくないキーワードなのです。ですが、今オールルーチンの現場にいるのには違いないので、そこまでルーチンルーチン言ってると怒られるのでやめておきますが、ルーチンなんですよね。なので、自分が手を動かす仕事に変化が生まれる確率は非常に低く、徐々に頭も固まっていきます。こればっかりはしょうがないって言われればそうなのですが、ルーチンな現場を如何にルーチンにさせないかってことのほうが大事。僕は、そうやって仕事をずっとしてきたし、今も自分で変化を付けながらやってるので、成長も著しくしてる。なので、現場に染まるはずがないんです。

 

じゃあどうやったら変化を生ませれるのか?って話になりますけど、これは2つあります。1つは「知識」、もう1つは「フットワーク」です。僕の座右の銘である「知は力なり」は、本当に座右の銘にしてよかったってくらい重宝しています。それと、「フットワーク」。どっち言うと、僕を一言で表すとって質問で断トツNO1で挙げられるのが「フットワーク」。「知識を知と経験から養うと同時にフットワークで活かし続ける」。これが自分の生活に変化を生んでくれます。

 

でもなんだかんだ言ったって、僕も何度も何度も何度も何度も失敗してきてますから。でも染まって自分の仕事に変化を生まずにして、社会人って、専門家って、なくない?その前に、企業人でしょ?企業のために、やろうぜ!って想いってのが、一番の自分へのカンフル剤なんだけどなぁ。

 

【ひとりごと】専門家も所詮、社会人なんだってこと

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