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Posts Tagged ‘岡本太郎’

壁は壁でも、自分が押っ立てた壁のことです。僕が生まれて初めて押っ立てた壁は、大学生の頃まで遡ります。「あれもしたい!これもしたい!」という感情のまま、いきなり起業して数カ月後に経験したのが、生まれて初めて押っ立てた壁でした。内容に関しては割愛しますが、その壁を越えるには相当時間が掛かると思った若かりし頃の僕は、壁を越えずに、壁をぶっ壊すことに専念したのを、今でも覚えています。

 

壁。僕は「壁」を語りましたが、前提として「自分が押っ立てた」としています。このニュアンスは、僕のニュアンスでもなく、尊敬する芸術家「岡本太郎」が言い残した言葉であります。岡本太郎は、「壁は所詮自分が押っ立てた壁にしかすぎない。だから壁を越えるのも壊すのも自分だけ。」と言っています。この言葉に出会ったのは、相当昔ですが、上記で紹介させてもらった頃の自分が、この言葉を冷静に思い出して、「壁を壊す」という行動に出たわけではありませんがね。

 

「壁」って一体何なんでしょうね。答えは人それぞれあるかと思います。またその壁を「越える」のか「壊す」のかも同様にです。僕が言いたいのは、「壁」を経験しているかしていないかは、僕が人を視るときの極めて重要な指標になるということです。壁を越えたか壊すかはさほど僕の中では重要視していないは事実で、如何に「壁を経験している」かを僕は重要視しています。全員が全員、「壁」を経験しているとは限りません。少し前に書いたblogでもそうですが(動と静の使い方)、「動」を知らなければ「静」も知る由もないということ。つまり、「動」を得るにはフットワークが必要になり、腰が重い人間は「動も静」も経験出来ずに生きていくということ。これと「壁」はかなり類似していると僕は思っており、「動」が無い人間の前には「壁」も立つことも無いことでしょう。

 

根本的に、「壁」を知っている人間は、「己の夢」を語ってくれます。友人の言葉を借りますが、「夢を忘れないこと」。この言葉をなぜ友人が言ったのかわかりませんが、「夢を語る」ことを忘れてしまっている人間が最近は多くいるような気がします。それか、「夢を語る」こと自体が忘れ去られているようにも思えます。僕が若かった頃、多くの夢を多くの仲間らと語った記憶があります。その仲間たちは、その後、自分が押っ立てた「壁」にぶつかり、必死にもがいたはずです。それがどんな結果であっても、素晴らしい経験をしていると思います。

 

とにかく「夢」を語りましょう。このblogを読んでくれている若者は、今すぐ「夢」を語りましょう。そしてその夢に向かって「動いて」ください。そして自分が押っ立てた「壁」にぶつかってください。その壁を越えるのか壊すかは、壁を押っ立てた君が決めること。逃げてもいいけど、逃げるなら前に向かって逃げなさいよ。

 

【ひとりごと】壁の次は真っ白なキャンバスです

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強烈なタイトルをつけてしまったことに反省をしていますが、このまま続けます笑

 

「心が綺麗すぎる」ことは非常に素晴らしいことです。とても普遍的かつ一般的といいますか、非常に聞こえが良いと思います。ですが、特別皮肉れているわけではありませんが、何かしら勿体無いといいますか、味気ないといいますか、少し人間離れしているといいますか・・・綺麗事のようにも感じてしまいます。

 

岡本太郎の有名な著書に自分の中に毒を持てがあります。強烈な内容となっていますが、読み終わったときに何が書かれていたのかハッキリと覚えていないという印象を受けました。ただし、岡本太郎の主張は一貫していて、「集団に馴染むために個性を殺すな。1人ひとりが本気で考え、自分の思いを爆発させなければ、世界はつまらなくなる」というメッセージがあります。最近情熱大陸でも取り上げられたことからも、Amazonでの売上は堂々の1位ということで、読了された方は大勢いられるはずです。この本には正直綺麗事だけでは済まされないナニかが詰まっています。今を生きる人々へのメッセージといいますか、混沌とした社会に切れ味抜群なメスが刺さるような感覚を未だに覚えています。つまり鮮烈な印象を植え付けられたのは事実です。

 

僕はこの本を読む前に、とある有名人の伝記を読んだことがあります。伝記と言っても小説の部類に入ると思いますが、三国志の登場人物である曹操が主人公である「曹操伝」という歴史小説です。乱世の奸雄とまで言われた曹操という人物の印象が180度以上変わったことには間違いありませんが、小説でしたのでスラっと読んでしまい、特別影響を受けた記憶はありませんでした。しかし、岡本太郎の「自分の中に毒を持て」を読んだとき、ふと「曹操伝」を思い出し、さらに「曹操」のインパクトというものが時間を超えて僕自身を襲ったことを覚えています。それは二人が「共通していること」を言っていたからでした。岡本太郎は著書のなかで「自分の中に毒を持て」と言い、曹操は「自分の心に闇を持て」と。

 

曹操が言い残した「自分の心に闇を持て」という言葉の前後には、このような記述がされていました。「お前の戦い方は綺麗すぎる。全く個性というものが無い。お前だけではなく、大勢がそうである。儒教というものは、人々の心まで侵蝕しているのか。これは由々しき事態である。」と。「儒教」という言葉が登場しましたが、当時の中華全土を席巻していた宗教(孔子の儒教(儒学))で、多くの人々が「儒教」のもとで人生形成しており、それを曹操自身は嫌っていた、という経緯から「儒教」に対し多くの非積極的な政策をしていたのも事実。つまり「儒教による自主創造性の欠如」というものです。そして曹操は、繰り返し「闇」という言葉を使います。その「闇」というものが、何を指していたのかは正直わかりませんが、曹操が新たに誕生させた戦い方(兵法)や政策(雇用)、そして文学(医学も含め)は、その「闇」から生まれてきたのではないでしょうか。

 

曹操が言う「闇」というものが、もしかしたら「・・・」なのではないだろうか?とたまに考えるときもあります。しかし今までその答えは見つかっておりませんし、これからも同様に見つかるはずもありません。ただし、「心に闇を持つ」ことで新しいナニかを誕生させれる・・・いやそういう利己的な理由だけでは持ちたくない代物なので、岡本太郎が言う「毒」、そして曹操が言う「闇」を参考にして、世界をつまらなくさせないためにも、「毒」も「闇」も持ちあわせてみようかと思います

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今日は午後からRICOH本社にお邪魔してきました。

僕の活動を陰で?(笑)応援してくれているRICOHの伏見さんに、

「今年も大変お世話になりました」のご挨拶と、伏見さんが取組まれている活動について、お話を聞くためにです。

伏見さんは、RICOHの社会環境部でガイアイアという環境情報サイトを運営しています。

「ガイアイア」って何?という方、是非このページをご覧下さい→「ガイアイアってどういう意味?

伏見さんは、ものすごく明るくて、いつも僕に元気をくれます。ハツラツとしてて、感情が豊かで、お話も面白い。やっていることも面白い(笑)。

この映像は、ガイアイアがクリスマスプレゼントで、作成した映像らしく、この記事に詳細が載っています→「メリークリスマス!from Gaiaia」真ん中が伏見さんです。

 

そんな伏見さんと2時間あまりいろいろなお話をさせて頂きましたが、

お互いのお仕事のお話をみっちりしたのは初めてでした。

会話の中で、伏見さんが(ある言葉)を多用していることに気がつき、僕はこう言いました。

伏見さん、岡本太郎好きでしょ?

なんと伏見さん、最近読まれている本が岡本太郎の「自分の中に毒を持て」でした。

しかも今朝も読まれていたそうです。

僕が気付いた(ある言葉)とは、「今日を生きる」という言葉でした。

この言葉は、僕も信条としている言葉で、もっと大袈裟に言えば、「瞬間を生きる」と僕は使っています。

この言葉は、岡本太郎の人生のパートナーで、後に養女になった岡本敏子さんの言葉です。

瞬間を生きる。いまだけなのよ。」(この言葉は「愛する言葉」に載っています)

そこから伏見さんと僕は、岡本太郎トーク全開でした(笑)

あっという間の2時間でした。

 

今日のことをこのブログに書いても良いですか?

と伏見さんにメールしたところ、返信メールにこんな文章が。

私の人生は、なんでもありです。ご自由に記載してください。笑 また語りましょう!

痺れました。伏見さんは、ロックでした。

 

僕はそんな言葉、言いたいけれど、まだ言えない気がします。

言えるように、もっともっと我武者らに、遮二無二、生きていこう。

と再確認させて頂きました。

本当に、伏見さん、今日は、ありがとうございました。

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