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Posts Tagged ‘一人旅’

こんにちは。今日はお日取りも良いということで結婚式が多かったみたいですね。私も従兄弟の結婚式に出席してきました。5つか6つ離れている可愛い従兄弟でして、めちゃくちゃシャイボーイ。でもかっこ良かったですね。お幸せに!

 

 

夕方からの結婚式だったということで、午前と帰宅後は読書をしていました。最近よく読む本は経済本やビジネス本が多かったので、非日常的な本を選んでみました。

 

 

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デカルトの方法序説(岩波文庫)。哲学本の翻訳家として私は谷川多佳子さんが好きなので、この方法序説しかデカルトの本は持っていません。それゆえに、かなり偏っているデカルト雑学の持ち主なのかもしれないので、今日ココで書くことはスルーしてもらってもいいかもしれません笑。デカルトといえば、

 

 

我思う故に我あり

 

 

ですね。近代精神の生みの親として、この言葉を誕生させたデカルトは、今も尚、多くの哲学者たちから叩きに叩かれている一方で、多くの哲学ユーザーから絶大な支持を受けています。私個人的には、「我思う故に我あり」は深いような浅いような印象しか持っていません。でも哲学なんて読む日なんて、【非日常】だと間違いなく私は思うのです。でも【非日常】な話や出来事なんて、普通に生活していても訪れることはまず無く、受身生活なら尚更です。だからといって能動的な生活(自ら【非日常】を送る)もどうかと思うので、私は読書をします。小説でも、啓発本でも、またビジネス本でも、経済本でも、読書は何でも【非日常】と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私はあえて「哲学本」だけは【非日常】と思うので、「哲学本」が好きです。こういう文章、そして私が言うこれこそが、「我思う故に我あり」ですね。意味を知っている、もしくはデカルトを少し知っている人なら、御理解頂けるかと思いますが笑。

 

 

自分の見える風景は自分にしか見えない風景(情景)であって、同じ場所から同じ方向を他の人が見ると、それは全く違うかもしれない。ざっくり言うと、そういうことだと思います。これ以上突っ込み過ぎると、真理論/精神論に突入しますのでやめておきます。でもおススメですデカルト。デカルトを知ったのは今から10年ちょっと前。そして私なりにこの難解な言葉を自己解釈してから、旅行好きになった思い出があります。ついでにそれからの海外旅行は一人でしか行かなくなりました。それだけデカルトは私にとって大きな存在だったのかもしれません。「なぜ一人旅?」とよく聞かれましたし、「なぜ誰にも言わないの?」とかも笑。その時期の海外旅行、全く連絡も取らないし、家族や友人にも行ってきます!とかただいま!とかの報告も連絡していませんでした笑。今考えると、おかしな人です笑。

 

 

なぜそこまでしていたのか?というと、まず海外旅行を一人で行く理由は、例えば世界遺産を見に行ったら、そこでの風景や情景に浸ること、感動することに違いないのですが、そこで他の人の感想とかを聞きたくなかっただけ。また旅立つ前に連絡しなかったのも帰国して報告しなかったのも、余計なこと(ざっくり言うと、行ったこともないのに勝手に形成した印象とかを言われないため)言わさないため。。。極端過ぎたなぁって今は後悔しています笑。でもテレビで観たり雑誌で読んだりする、その国の自然や世界遺産、そして情報を鵜呑みにしなくなったことは、私自身の進歩だと思っています。『目にみえないものは信じるな』じゃないし、『すべてを疑って生きろ』でもない。でも、自分の目で見たもの、そして自分の耳で聞いたことには責任を持ちたい、だたそれだけ。でもその責任は元から自分の中にしかないんですけどね。

 

 

タイトル通り、【非日常】的読書は私の生活にとって非常に大切な行動です。それのおかげで、自分の行動範囲やコミュニケーション力、そして世界のあちこちに友人ができました。つまり、私は【非日常】なことから自分を進歩させたのかもしれません。世の中に出回る、「意識を上げろ」とか「当事者意識を持て」とかは綺麗事以上にしか思えないのは、こういう背景からなのだと思います。自分の生活の、とある一部分、だけに変化を付けたりするだけで、人は変われると思っています。バラエティーから報道、漫画から小説、雑誌から新聞、ギャンブルから寄付、、笑。では。

 

 

【ひとりごと】6月もがんばります。宜しくお願い申し上げます。

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