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Posts Tagged ‘コミュニケーション’

客観的に自分が置かれている立場や組織の評価というものを拝見したり拝聴したりするとき、何を思うのかは人それぞれであると思うが、私はいつも緊張している。良いように言えば真摯に、悪いように言えば適当にも。。。

 

 

先日当院に手紙が届いた。夏休みに動物病院実習に来ていた大学生からの御礼の手紙。そこに書かれていた内容は、ここ最近私が目にした耳にしたもののなかで、一番綺麗に書かれている手紙の内容だった。何をもって綺麗なのかと言うと、先述したように客観的な評価として私自身が為になったかどうかの度合いであり、この綺麗という評価は私自身の主観的なものであることは言うまでもない。。。以下に全文を(そのまま引用)。

 

 

 実習させて頂いた松波動物病院メディカルセンターは昭和49年に開院され、今年で41年目を迎える。地域に根差した医療を行い信頼と実績のある動物病院である。獣医師12名でそれぞれの専門を生かしながら看護師や受付などの全スタッフと協力して診察を行っている。
 院内はスタッフの人数も多く、検査機器などの医療設備も整っており高度な医療サービスを提供している二次診療のような特徴もあり、話しやすく親しみやすい地域に密着している小規模な動物病院のような特徴もあった。これだけの設備が揃っている動物病院は淡々と診察をこなしていくイメージがあったが、実習が始まり診察を見学させて頂くと飼い主とのコミュニケーションをとても大切にしていることがわかった。飼い主にどういう経緯で来院したのか、通院の場合は現状はどうなのかを自由に話をしてもらい、ところどころ質問し、飼い主が獣医師に伝えたいことを引出し、飼い主にわかりやすく、心のこもった説明をしていた。費用のことも考え、治療法もいくつか提案し飼い主と協力して治療を進めていくような感じであった。また診察だけでなくキンダーガーテンしつけ教室もあり、ペットと共に生活をしていくお手伝いをしている。
 真っ直ぐに向き合い心のこもった最高の医療を提供できるのは常に相手の立場にたち人それぞれの思いを自分に置き換え考えることができるからこそと思う。どんな最高の治療でも飼い主さんの負担が大きく家庭生活を苦しめてしまうものであればそれは最高の治療とはいえないということである。今回の実習で何よりも一番大切なことは“コミュニケーション”であるということを今更ながらに実感した。  

 

 

全文以上です。

 

 

当院で動物病院実習を経験した大学生の客観的評価ではあったが、私個人的には非常に良い経験をさせてもらった。外部からの客観的評価のなかでも大学生からの評価というものは、普遍的には特殊かつ稀な評価ではあると思うが、抽象的な言い方にはなるが【中立的な評価】に近いものがあると感じた。当院で従事している人間以外を対象にした時、外部からの評価は飼い主さま、取引先、周辺地域、その他(今回で言うところの大学生や専門学生)くらいである。そのなかでの大学生からの評価は機会も少ないし非常に稀であると思った。

 

 

また、この手紙には続きがある。謝辞である。そこはプライバシーポリシーに則り、控えさせていただくが、実習生自身の今後の学生生活における課題も書かれていた。それは、前述にも書かせて頂いたが、自身の“コミュニケーション能力”だった。学生同士のコミュニケーションと、社会人同士または買い手と売り手のコミュニケーションは比べられないくらい後者の方が険しく難しいものがあるということを、この実習中に認識した結果の吐露であると、この謝辞の文章中から私は感じ取った。その実習生が残りの学生生活のなかで、自分の課題である“コミュニケーション能力”をいかに、そしてどのように向上させるかは本人次第ではあるが、当院の動物病院実習を経て、大事なことを感じ取り、それを克服しようと気づけたことは非常に喜ばしいことであると思う。

 

 

今回の一件は、我々にとっても、そして実習生にとっても互いに良い経験をさせてもらったと思う。毎回の実習生はそうではありませんが。参考までに。。。

 

 

 

 

【ひとりごと】今期もよくがんばりました自分

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お久しぶりです。ここ数ヶ月間、言葉を文章に著すことに何か抵抗がありまして、なかなかブログの更新が出来ていませんでした。難しい文章を展開しがちな傾向にある私は、テーマも難しいものを意識的に選んでいたように思えます。そうするとブログ離れ?更新下手?になってしまっていました。

 

 

私が好きなテーマを書いていくことがやはり良いと思いましたので、今回の表題は「新人教育」。いきなり教育を語ろうとしてしまっていますが、少々のお時間、お付き合いくださいませ笑。私は大学の教員でも専門学校の教員でもありませんので、オフィシャルな教育者ではありません。ですが、会社経営をしている傍ら、獣医師として後輩たちに様々なことを常に教えている立場でもあります。獣医師だからといって学術的なことばかりとも限りません。例えば、飼い主様とのコミュニケーションを育むために必要な経験とスキルについて話をしたりもします。それ以外にも、地頭力を養ってもらうために(いわゆる論理的思考)、私への報告を受ける際は、必ず結論から言ってもらったり。。。面倒くさい上司ですね笑。ですがその繰り返しで、話の内容がわかりやすくなったりしていきます。それが学術的な要素を含んだ話、つまり診療においても展開されると飼い主様との良好なコミュニケーションにも繋がっていくことも言うまでもありません。誰もが大学を卒業したての頃から論理的思考を持ち合わせているとは限りませんし、誰とも良好なコミュニケーションを築けるスキルを持っているとも限りません。それら2つのスキルをはじめから持っている人は、確率論からいうとかなり低いのではないでしょうか。そもそも私が言っていることも何も変哲もない当たり前のことにしか過ぎませんが、この現実を理解し、新社会人たちと真摯に向き合えるかが、教育者としての心構えのようにも感じています。

 

 

「何でこんなこともできないんだ。」と、入社したばかりの新社会人に向かって、私は口が裂けても言えません。何故ならば、先述したとおり、それが『普通だから』ということ理解しているからです。先輩への飼い主様への報告や説明が最初から「わかりやすく」かつ「コミュニケーションが良好」な新社会人なんて・・・とは言い切れませんが、少し可愛くない気もします笑。教育する立場にいる側の人間らが、それを100%理解することも人間ですからね、正直難しいことではありますが少しだけの我慢と辛抱さえあれば、新社会人に対してずっと真摯に向き合っていけれると思います。

 

 

これまで教育する立場にいる側の心構え?の話をしてきましたが、逆に教育される側でも絶対的に必要なスキルについて少しだけお話します。それは結論からいいますと、『素直さ』です。「はい」「わかりました」「気をつけます」「すみません」「お疲れ様です」「おはようございます」・・・この6つで簡単に、そして良好に職場の先輩方とはお付き合いできるのではないでしょうか。この6つに限定した話ではありませんが、『素直さ』をスキルという理由は、社会人全員に備え付けられていないものだからです。30歳であっても、50歳でもあっても、80歳であっても、無いものは無いのです。それが、20歳ちょい過ぎの年齢で、身についているなら、それはスキル以上の武器になります。すべて上手くいくと思います。大事ですよ『素直さ』。

 

 

【ひとりごと】ゴルフはじめました

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ブログでたま〜に書く糖尿病ネタ。結構PV数があって、「記事読みました!」など同業の方からもFacebookなどを通じて、ご連絡を頂いたりしています(Facebookは誰からもメッセージ受けれるようにしています)。でもめちゃめちゃ困ることが一つだけあります。

 

「良い参考書(専門書)ないですか?」

 

これです。毎回ハッキリお答えしていますが、特に動物の糖尿病については「No」です。参考書(専門書)あったら、まず僕買いますわ。内分泌疾患としての代表格とも言える糖尿病ですが、専門書に書かれているメインは「概要」とか「緊急性のFAQ」とかです。たまにご親切に「インスリン導入(投与)について」など。ちなみに、この「インスリン導入(投与)について」は、全く参考にはなりません。つまりですね、これは何度もブログでも触れていますが、糖尿病治療は基本「オーダーメイド」なんです。理由は、いちいち書きませんが、動物は1種類じゃないし、だいたい糖尿病になる動物は何かしらの基礎疾患を持っている場合もある(Evidenceあり)。さらには、年齢とか性別とかでもそうですけど、治療に一番大事なインスリンが種類が豊富で、どのインスリンが合う合わないってのも重要。ここまで読んでみて、「えっ?」って思う方は、向いてないというか手を出さないほうが良いと思います。今じゃこのくらい(インスリンの種類が豊富ということ)のことは、飼い主さんもだいたい調べてきてるから知ってることだし。何せ、この糖尿病治療で最も、最上級で必要なのは「コミュニケーション能力」。どれだけ相手の家に土足で入り込めれるか?ってことに掛かってきます。

 

まずは動物病院で血糖値を安定させるまでのやり取り(時間と費用の話や基礎疾患のフォローなど)、そして安定してからの家での食事の種類から指導方法、食事後のインスリン投与の時間のタイミングに、血糖値チェックのための通院頻度に、さらにそこに掛かる費用や時間などの労力。それらを、すべてバックアップしてあげれるコミュニケーション能力、つまり人間関係構築能力が、我々専門家と飼い主さんと糖尿病を罹患している動物たちとの関係性を、治療においては治療方針を運命づけることとなります。これらにさらに磨きを掛けるのなら、最新の知見を英文学術論文で読みあさるなど、やることが山ほどあるのです。これら一連の作業に、どれだけ真摯に取り組めれるか?、がここに掛かってくると思います。

 

現在僕は、多くの糖尿病患者を抱えていますが全てのご家族の方と濃密なコミュニケーションをさせて頂いており、相手の生活家庭環境を診察室でさらけ出してもらいながら、そしてその生活家庭環境を真っ向から否定したり肯定したりしています。もちろん結果にはこだわっており、ほとんどの子たちが糖尿病を安定しながら治療に専念出来ているかと思われます。そして所属する各学会から届くダイレクトメールにも目を通し、気になる文献も読みあさり、常に頭のなかをフレッシュな状態にキープしています。これは、専門家でもあるというプライドと同時に、飼い主さんに適切な治療法を提供したいがために自分でこだわり続けてやっていけている大事な必須事項であります。ですので、これができなければ、最高なパフォーマンスも提供できずに、飼い主さんに迷惑を掛けてしまうと思うのです。

 

以上のような理由からも、専門書が存在しないという点はご理解して頂けたのだと思っています。またこの治療法にはコツは存在しませんということもご理解して頂けたのではないでしょうか。その理由は、繰り返しになるかと思われますが、糖尿病の治療法はすべてが「オーダーメイド」であるからなのです。

 

【ひとりごと】眠いなぁ

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今日はお休み。身体が休んでくださいと言っていたので休み。野暮用で地元をぷらぷら。馴染みのある文房具屋に顔を出してみた。ここには名物おばちゃんがいる。昔、小学校の帰り路にいつも寄り道していた。何を隠そう、僕はかなりの文房具マニア。私生活ではその素振りは見せないが、アスクル・プロミクロスのカタログは見だしたら止まらない。まぁそれはいいとして、その文房具屋のおばちゃんがいいキャラしている。昔、ドラゴンボールの文房具を買いに来たとき、その時のペンケースや消しゴムや鉛筆がドラゴンボール(玉)の色である黄色で統一されてて、黄色に染めつくされた文房具たちを買おうとしたら、おばちゃんは「男の子なのに黄色が好きだなんて!お恥ずかしい!」と言われ、必死に説明したが結局理解してはくれず、ドラゴンボールシリーズの文房具は買えなかったという思い出がある。また、ジャポニカ学習帳の「ジャポニカ」の意味をおばちゃんに聞いたことがあって、おばちゃんは「どっかの国の言葉だよっ!!」って言っていた。それで商品である学習帳に、自由に落書きをさせてくれてたのを思い出した。普通に遊べる文房具屋だった。ある意味、ビレバンを超えていたと思う。そんなビレバンも地元が本店(植田)。なかなか地元は熱いエリアということだ。

 

話を戻そう。それで今日久しぶりに顔を出してみた。久しぶりと言っても、近所の文房具屋がソコしか無いから定期的に行くので、3ヶ月振りくらいだからそこまで久しぶりではない。少し前にも近くを通ったらおばちゃん水撒いてたし、よく顔はみる。そんなおばちゃんが、僕を見て早々、「あれまっ!ぼっちゃんじゃない!なんかね〜、また、たくましくなったわねぇ〜!!色男だねぇ〜!!」って言ってきた。このセリフ、3ヶ月前にも言われたセリフ。つまり、同じセリフ。でも、僕は3ヶ月前に言われたことを覚えていたので、そう思えたわけで。ちょっと不思議な気分にもなった。さらに、3ヶ月前に言われたときより、なんだろう、すごく気持よかったというかタイミングが良いなって思った。タイミング?・・・3ヶ月前と今の僕はそんなに見た目も中身も変わってはいないけど、前と比較すると今は仕事とか立場とかがすごく変わったし、楽しんで仕事もしているし、何より支えてもらっている人の数が当時より断然今のほうが多い。そんな人たちとも仕事も楽しくできている。それは、間違いなく3ヶ月前とは違う。だから、おばちゃんに同じセリフを言われたけど、僕自身の捉え方が違っていたのだろう。

 

同じセリフ、だからといって相手に伝えたとき、相手が毎回同じリアクションするとは限らない。それは普段の生活でも仕事でもそうだ。人は話し手にもなり聞き手にもなる。だが、相手の心情まで把握して言葉を発することは難しい。でもそれを把握する努力はしないといけない。歳とか経験とか関係なく、努力はしなくてはいけない。その努力というのは、「相手を知る」ということであると僕は思っている。僕は「相手を知る」ためには、時としていろいろ仕掛けもしてみる。喜怒哀楽を振りかざしてみることもする。もう少しわかりやすく言えば、要は「コミュニケーション」をする。そうすることで、僕なりの情報収集ができ、僕なりの力となって、その人とコミュニケーションが出来るような僕なりのコツが生まれてくれる。そう努力してる。仕事でもプライベートでも。最近だと、逆に僕が情報収集されることも多くなった。それはなんとなく分かるし、僕を知ろうと仕掛けをしてくれる人も、なんとなく分かるようにもなった。それは僕もしていることだから、相手の気持ちを察することができる。そう相手も努力してくれている。それは、有難いし、僕の周りにはそういう人が大勢いてくれている。本当に有難い。

 

今日はいい気づきをおばちゃんから頂戴した。なので、僕はおばちゃんに、「ばばあ!ナイス!!」って言っておいた。そしたらおばちゃん笑ってた。だから僕も笑っといた。

 

【ひとりごと】おばちゃんのマイブームは糸井重里らしい

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今日、TOKYOの先輩が名古屋にお越しになられていたので、一緒にお茶と晩ご飯をさせて頂きました。非常に楽しかったです。ありがとうございました。先輩といっても、同じ業界の方ではなく、全く違う業界で活躍されている方で、ひと回りくらい歳上の人生の先輩ですので、勝手にここでは先輩と呼ばして頂いております、すみません笑。

 

今日いくつか仕事の話もさせて頂きました。非常にアグレッシブな方なので、多くの経験をされていました。本当に勉強になります。さらに、不動産という業種柄、多くの異業種の方々との交流も絶えないようで、かなり人脈の持ち主。また、すごく仕事の話がわかりやすく、楽しんで笑顔でお話をしてくださるので、より一層イメージしやすく、どんどんいろんなお話に展開されるので、これまた勉強になります。いやぁすごい!の一言。

 

尊敬する方とお話をするといつも思うのは、「経験だけでは生きていけないなぁ」ということ。(んんん?)と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、僕なりの表現方法ではありますが、ただただ経験が豊富なだけの人もいるということ。人生経験の豊富さだけで、人脈は作れないし、多角的に仕事も拡げることもできないし、面白く話せるとは限りません。つまりは、教養も、ビジネス知識も、人脈も、さらにはコミュニケーション能力がなければ、魅力的な人にはなれないということ。あくまでも僕の持論です。さらに、そこに付け加えるとしたら、「惜しげもなくいろいろ教えてくれる器の広さ」なのかもしれません。よくよく考えてみると、僕が尊敬している方々に共通しているのは、ソコかもしれませんね。先輩の皆様、いつもありがとうございま〜す。僕は元気です笑。

 

ついでに、と言うと失礼になってしまいますが、こういう話をしているといつも頭に浮かぶ人がいます。その人から頂戴した言葉があるのですが、その人はよく「わたしの人生なんでもアリ」と仰っていました。この言葉を初めて、その方から聞いたときは、なぜか涙が出そうになったことを覚えています。2年くらい前ですかね、そのときの僕はかなり疲弊してて、立ち上げた会社が軌道に乗らずにやばかったときでしたね(軌道に乗るどころか、企画立案も全く出来ていなかったのですがw)。でもアレなんですよ、先述した「惜しげもなくいろいろ教えてくれる器の広さ」を持つ方々というのは、自分にも他人も厳しくて、少しばかり報連相が遅れるとプイってする傾向にもあるので、仕事の相談に乗ってもらった後はいつも緊張して早く報連相するようにしていますけどね笑。

 

今日もいろいろ教えて頂きましたし、僕の頭のなかにあるアイデアにも肉付けしてもらいましたし、やっぱり人は人によって育てられますね!最高です!

 

【ひとりごと】頭からアイデアが溢れそうだ

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またまた日経からのネタです。今回は日経ビジネス。

 

「日本の大学に、『教養』を取り戻そう」

 

東京工業大学長の伊賀氏、同大学大学院教授・同リベラルアーツセンター長の桑子氏、文化人類学者の上田氏、そして池上彰氏の会談の内容がアップされていました。そもそもこの会談は、東京工業大学で、同学のリベラルアーツセンター設置記念講演「現代における“教養”とは」が開催され、池上彰氏がコーディネートしたという経緯で行われたとのことです。内容を一読していたければ、タイトルの意味がわかるかと思います。

 

リベラルアーツ、つまり教養について熱く語られていた内容となっていましたが、伊賀氏が述べられているように、「教養とは知識の本質」と僕も考えています。では僕らはどこで教養を学ぶのでしょうか。大学に進まれた人なら、大学なのではないでしょうか。また会談内容にも触れられていましたが、昔の日本、大正時代の頃、「大正教養主義」と言われていた時代があり、学生はゲーテを読んだりカントを読んだりして、理系文系にかかわらず、徹底的に「教養」武装をしていたという時代があったそうです。そして、今、大学での脱・教養への動き、そして専門化が進み、結果として「できる人間」「できて儲けられる人間」を育てる場になっている現状が、非常に問題視されているという。

 

そして話は、「理系」「文系」への話に。ここで話に挙がったのは、東日本大震災とそれに伴う津波、東京電力福島原発事故について。当時、それに関連する専門的なニュースのほとんどを理解できたのは、僕が理系だからだと思う。でも政治的なニュースに付いていくのは少々大変だった。そのことについても、この会談では触れられていて、ウェブやメディアでは、理系出身者と文系出身者との間に情報の分断が起き、理系の人が当然のように使っている用語が、文系のひとにはちんぷんかんぷん、ということがたくさんありました。また、官邸に呼ばれた理系の専門家が、政治家たちに問題点を理解させることができず、まったく機能しなかった、ということも。

 

「理系」にはコミュニケーションを、「文系」にはリテラシーを。

 

ここで注目すべきなのは、僕は「理系」出身者なので、突っ込んで話を進めていくと、はっきり言うと「理系」はわかりにくいのです。ここで登場する池上彰氏は、一見「理系」っぽく見えるが、卒業したのは慶応経済のバリバリの「文系」。また彼のブランド力の代名詞でもある「わかりやすさ」は特級品であると思います。彼が「理系」の代弁者となってくれているとも思えるくらいですし、感謝しなくてはいけませんね。「理系」の人には、理系的な知識のない「文系」の人にも専門情報をわかってもらえるような説明やコミュニケーションの能力が必要なのです。「専門バカにはなってはいけない」ということです。そのためにも、教養は絶対的に必要であり、大学で教養をサボった・脱教養の大学で過ごした方は、いまから勉強するべきだと思います。女性に「教養が無い人ね」と言われる前にwww

 

会談でも出てくるフレーズ「教養が無い人ね」、ですが、仮に女性から言われてショックでは無い人はいるのでしょうか?僕なら死にたくなります。人間臭い話ではありますが、教養は自分を守ってくれる(大正教養主義ではありませんが)一方で、武器にもなるということ。男女間でのコミュニケーションのネタになりますしね笑。記事にも紹介されているように、女性から得られる情報や感覚は「発想の創造力」にも大いに繋がりますしね。とにかく、多くの人に触れて、いろいろ学べということです。専門分野にいる人は、コミュニティーというよりもコロニーを重要視する傾向にあるので、ご注意を。それで良ければ良いのですが。

 

【ひとりごと】女性は感覚派

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今日は獣医師会の会合に出席していました。個人的には非常に勉強になったと思っています。その獣医師会に向かう直前、つまり病院を出る直前にとある患者さんからお電話頂きました。その患者さんは、糖尿病のニャンコを飼われている方で、うちの患者さんでもあるのですが、基本僕は診ていません。この話を進めていく前に、今僕が診ている糖尿病の動物はワンコ1頭にニャンコ1頭のみです。当院が診ている全体数のうちのごく僅かでしかないのです。ただ、他の先生が担当しているワンコやニャンコの治療方針にアドヴァイスはします。ですが基本は、担当の先生が診てくれています。ですが、血糖値のコントロール操作は、僕が群を抜いて断トツに上手いということは言及しておきます。専門家ですからね。

 

話を戻しましょう。外出する直前に掛かってきた電話に出ると、いきなり「先生、明日いる?」でした。僕は「はい、いますよ。」と応えると、その患者さんは「先生、診てくれない?お願い。」と。僕は「はい、かしこまりました。お待ちしています。」と。患者さんは「明日ご飯食べてからでいい?」と。僕は「はい、構いません。ですが・・・」と言い掛けたとき、患者さんが「了解してます。インスリンは打たずに行きます。」と仰られました。僕は「(少し照れながら)は、はい、よくご存知で。」と。患者さんは「だって前に先生に言われましたもん。コントロールするときは、そうしろって。」と。僕は「そうでしたっけ?先に言われちゃいましたけど。」と。患者さんは「言いましたって。食後高血糖を診たいからってね。」と。僕は「はい、その通りです。」と応えると、患者さんは「じゃあまた頼みますよ!」と言ってくれました。

 

上記で展開した会話を読むだけでは、僕と患者さんが交わしている内容は伝わらないかもしれません。さらに獣医師でも伝わらないかもしれません。ですが、この会話にはものすごい大事なことがたくさんあります。それは、一度しか関わったことがない患者さんが、僕が言ったことを覚えていてくれてた、ということです。これは正直、たまらん!です。そもそも僕は糖尿病の動物を飼われている患者さんと初めてお会いしたときに言うことことがあります。これは絶対言っています。

 

「僕といっぱいコミュニケーションしましょう!!」

 

以前書いたブログ「糖尿病を専門として治療し続けて思うこと」でも紹介しましたが、糖尿病治療っていうのは「家族会議」みたいなニュアンスを持ち併せています。また、「相手の家庭に土足で入っていくようなきめの細かいやり取りも、糖尿病治療には必要」と言いました。ですので、僕が一番大事にしているのは、「コミュニケーション」です。糖尿病の治療には、時間も掛かりますし、同時にお金も掛かります。そして僕は言いたいのは、専門家である我々が、時間が掛かることとお金が掛かることを気にしてはいけない、ということ。時間とお金、これを気にしだすと、人間は表情に絶対的に出ます。それが、飼い主さんに伝わることだけはしていけないと、僕は思います。それら難問をカバーしていけるのが、「飼い主さんとのコミュニケーション」なんだろうと、経験上、よく思うのです。「気にしない」と言ってしまうのは印象が悪くなるので、あえてフォローしますが、動物病院の経営的な諸諸問題にも関わることですから、獣医師と動物病院側との交渉調整など、ビジネスライクな観点も獣医師には必要な要素になってくるかと思われます。また治療に際しての予算もあるかと思います。その予算内でバシっと決めれるようにするのもやはり「コミュニケーション」がモノをいうと思うのです。

 

【ひとりごと】このひとりごとを気にしてみてくれるひとがいるらしい

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