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Archive for 2012年4月30日

とある偉人の本に「平均値」について書かれていたことを、ふと思い出しました。「平均値」の定理とは、微分や積分を通して関数の局所的な振る舞いと大域的なそれとを結び付けるものである(Wikipediaより)。なんのことやら、と思う方も大勢いらっしゃるかもしれませんが、常に僕らは、「自分の平均値」と比較し、それと戦っては感情を上げ下げしているということをご存知でしょうか。

 

人間が、無意識的に感じている「平均値」というものは、(何の平均値)なのだろうか。それは、「生まれてからの平均」と「ここ1ヶ月の平均」だと言われています。極端な話、人間はその期間における平均値と比較することによって、それ以上なら満足、それ以下なら不幸と思う、と感じて生きているのです。例えばの話ですが、30歳の男性がいるとします。その彼は、生まれたときから高校生まで超お金持ちのボンボンだったとしましょう。ですが、大学入学と同時に親の会社が倒産し、借金まみれの人生を今現在送っていることとしましょう。そんな彼に聞いてみるのです。「今の人生満足していますか?」と。おそらく彼は「不幸」と言うでしょう。さらに、そんな彼だが、40歳のとき、宝くじが当選し、一生遊んで暮らせる額を手に入れたとします。そのときにも同じ質問をしてみましょう。彼は「満足」と言うでしょう。これは非常に極端な話ではありますが、そのときそのときの彼の感情は、今までの人生までの「平均値」と「今」で比較し、答えているのかもしれません。

 

また同様な話です。とある企業に勤めている会社員は、3月の夕食をほとんど「接待」という場で済ませていました。接待される側でもする側でも構いませんが、そこは「非日常的」な食材と調理方法で食事をすることができるわけです。そして4月は全く「接待」という場はセッティングされず、これまで通りの普段の夕食、つまり「日常的」な食材と調理方法で食事をすることとなりました。そんな彼に聞いてみました。「最近の夕飯はどうですか?」と。おそらく彼は「満足はしていない」と答えるかもしれません。先月で舌が肥えてしまっている可能性がある発言とも思えます。

 

人間が無意識的に感じるこの「平均値」という抽象的な言葉は、人間を「満足」か「不幸」かを自ずと査定してしまっている可能性があるのです。だからと言って、この「平均値」からは逃れることは出来ません。ただ、この「平均値」をモロに受けるのも受けないのも、その人自身の「意識のリセット」がキーポイントになってくるのかもしれません。僕は、この「平均値」をコロコロ変えている人間でもあります。単純に、「先月は良い物食べ過ぎたな」と思うと、今月は「コンビニ弁当か定食」に意識を持っていきます。自分で自分の舌をリセットしているわけです。先月は「非常に楽な案件だったな」と思うと、今月は「キツい仕事」を自分に課すようにしています。1ヶ月単位ではありますが、先月の自分と今月の自分の意識をリセットしているのですね。

 

これが毎日出来るようになると、鉄人になってしまいます。ですが、目指す先はそこですよね。イチローはそうらしいです(GetSportsで言っていました)。この「意識のリセット」という作業は、これまで自分が手を動かし足を動かしてきたことで蓄積されてきたデータの平均値を壊してくれます。そうすることで、物事への意識の配り方なども養えますし、なによりも、「今日あった不幸なこと」が私にとってすべては「幸福の準備」でもあるということになるのです。ということはその逆は・・・やめておきましょう笑。ですが、人間は皆、失敗の積み重ねで人としての奥深さを養っていき、そして大きくなっていく生きものでもあります。「挑戦」をしなければ「失敗」は生まれませんからね

 

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