Feeds:
投稿
コメント

Archive for 2012年4月24日

強烈なタイトルをつけてしまったことに反省をしていますが、このまま続けます笑

 

「心が綺麗すぎる」ことは非常に素晴らしいことです。とても普遍的かつ一般的といいますか、非常に聞こえが良いと思います。ですが、特別皮肉れているわけではありませんが、何かしら勿体無いといいますか、味気ないといいますか、少し人間離れしているといいますか・・・綺麗事のようにも感じてしまいます。

 

岡本太郎の有名な著書に自分の中に毒を持てがあります。強烈な内容となっていますが、読み終わったときに何が書かれていたのかハッキリと覚えていないという印象を受けました。ただし、岡本太郎の主張は一貫していて、「集団に馴染むために個性を殺すな。1人ひとりが本気で考え、自分の思いを爆発させなければ、世界はつまらなくなる」というメッセージがあります。最近情熱大陸でも取り上げられたことからも、Amazonでの売上は堂々の1位ということで、読了された方は大勢いられるはずです。この本には正直綺麗事だけでは済まされないナニかが詰まっています。今を生きる人々へのメッセージといいますか、混沌とした社会に切れ味抜群なメスが刺さるような感覚を未だに覚えています。つまり鮮烈な印象を植え付けられたのは事実です。

 

僕はこの本を読む前に、とある有名人の伝記を読んだことがあります。伝記と言っても小説の部類に入ると思いますが、三国志の登場人物である曹操が主人公である「曹操伝」という歴史小説です。乱世の奸雄とまで言われた曹操という人物の印象が180度以上変わったことには間違いありませんが、小説でしたのでスラっと読んでしまい、特別影響を受けた記憶はありませんでした。しかし、岡本太郎の「自分の中に毒を持て」を読んだとき、ふと「曹操伝」を思い出し、さらに「曹操」のインパクトというものが時間を超えて僕自身を襲ったことを覚えています。それは二人が「共通していること」を言っていたからでした。岡本太郎は著書のなかで「自分の中に毒を持て」と言い、曹操は「自分の心に闇を持て」と。

 

曹操が言い残した「自分の心に闇を持て」という言葉の前後には、このような記述がされていました。「お前の戦い方は綺麗すぎる。全く個性というものが無い。お前だけではなく、大勢がそうである。儒教というものは、人々の心まで侵蝕しているのか。これは由々しき事態である。」と。「儒教」という言葉が登場しましたが、当時の中華全土を席巻していた宗教(孔子の儒教(儒学))で、多くの人々が「儒教」のもとで人生形成しており、それを曹操自身は嫌っていた、という経緯から「儒教」に対し多くの非積極的な政策をしていたのも事実。つまり「儒教による自主創造性の欠如」というものです。そして曹操は、繰り返し「闇」という言葉を使います。その「闇」というものが、何を指していたのかは正直わかりませんが、曹操が新たに誕生させた戦い方(兵法)や政策(雇用)、そして文学(医学も含め)は、その「闇」から生まれてきたのではないでしょうか。

 

曹操が言う「闇」というものが、もしかしたら「・・・」なのではないだろうか?とたまに考えるときもあります。しかし今までその答えは見つかっておりませんし、これからも同様に見つかるはずもありません。ただし、「心に闇を持つ」ことで新しいナニかを誕生させれる・・・いやそういう利己的な理由だけでは持ちたくない代物なので、岡本太郎が言う「毒」、そして曹操が言う「闇」を参考にして、世界をつまらなくさせないためにも、「毒」も「闇」も持ちあわせてみようかと思います

Read Full Post »

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。