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Archive for 2012年4月

とある偉人の本に「平均値」について書かれていたことを、ふと思い出しました。「平均値」の定理とは、微分や積分を通して関数の局所的な振る舞いと大域的なそれとを結び付けるものである(Wikipediaより)。なんのことやら、と思う方も大勢いらっしゃるかもしれませんが、常に僕らは、「自分の平均値」と比較し、それと戦っては感情を上げ下げしているということをご存知でしょうか。

 

人間が、無意識的に感じている「平均値」というものは、(何の平均値)なのだろうか。それは、「生まれてからの平均」と「ここ1ヶ月の平均」だと言われています。極端な話、人間はその期間における平均値と比較することによって、それ以上なら満足、それ以下なら不幸と思う、と感じて生きているのです。例えばの話ですが、30歳の男性がいるとします。その彼は、生まれたときから高校生まで超お金持ちのボンボンだったとしましょう。ですが、大学入学と同時に親の会社が倒産し、借金まみれの人生を今現在送っていることとしましょう。そんな彼に聞いてみるのです。「今の人生満足していますか?」と。おそらく彼は「不幸」と言うでしょう。さらに、そんな彼だが、40歳のとき、宝くじが当選し、一生遊んで暮らせる額を手に入れたとします。そのときにも同じ質問をしてみましょう。彼は「満足」と言うでしょう。これは非常に極端な話ではありますが、そのときそのときの彼の感情は、今までの人生までの「平均値」と「今」で比較し、答えているのかもしれません。

 

また同様な話です。とある企業に勤めている会社員は、3月の夕食をほとんど「接待」という場で済ませていました。接待される側でもする側でも構いませんが、そこは「非日常的」な食材と調理方法で食事をすることができるわけです。そして4月は全く「接待」という場はセッティングされず、これまで通りの普段の夕食、つまり「日常的」な食材と調理方法で食事をすることとなりました。そんな彼に聞いてみました。「最近の夕飯はどうですか?」と。おそらく彼は「満足はしていない」と答えるかもしれません。先月で舌が肥えてしまっている可能性がある発言とも思えます。

 

人間が無意識的に感じるこの「平均値」という抽象的な言葉は、人間を「満足」か「不幸」かを自ずと査定してしまっている可能性があるのです。だからと言って、この「平均値」からは逃れることは出来ません。ただ、この「平均値」をモロに受けるのも受けないのも、その人自身の「意識のリセット」がキーポイントになってくるのかもしれません。僕は、この「平均値」をコロコロ変えている人間でもあります。単純に、「先月は良い物食べ過ぎたな」と思うと、今月は「コンビニ弁当か定食」に意識を持っていきます。自分で自分の舌をリセットしているわけです。先月は「非常に楽な案件だったな」と思うと、今月は「キツい仕事」を自分に課すようにしています。1ヶ月単位ではありますが、先月の自分と今月の自分の意識をリセットしているのですね。

 

これが毎日出来るようになると、鉄人になってしまいます。ですが、目指す先はそこですよね。イチローはそうらしいです(GetSportsで言っていました)。この「意識のリセット」という作業は、これまで自分が手を動かし足を動かしてきたことで蓄積されてきたデータの平均値を壊してくれます。そうすることで、物事への意識の配り方なども養えますし、なによりも、「今日あった不幸なこと」が私にとってすべては「幸福の準備」でもあるということになるのです。ということはその逆は・・・やめておきましょう笑。ですが、人間は皆、失敗の積み重ねで人としての奥深さを養っていき、そして大きくなっていく生きものでもあります。「挑戦」をしなければ「失敗」は生まれませんからね

 

【ひとりごと】この下に、評価ボード(☆の)を設置しました

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昔小学校でよくやった「前向いてならえ」という動作は死ぬほど嫌いだった。もしかすると小学校で一番嫌いであった動作だったかもしれない。「右向け右」「左向け左」「全体止まれ」も同様にだ。

 

一般的にこの動作は「普通」と言われている動作の一つであると思う。でも「おかしい」といったところで、「おまえがおかしい」と言われてしまうじゃないかという感情は、既に小学生だった僕にはあったから口に出したことはない。だけど今「やってみろ」と言われたらどうなんだろうか?たぶん「おかしい」と言うだろう。

 

周りが「前向いてならえ」や「右向け右」や「左向け左」や「全体止まれ」をしているなかで、今の僕は、前も向かないだろうし、右も向かないだろうし、左も向かなければ、止まることもないだろう。ただし、この行動が正解なのかどうかはわからないが、僕はたぶんそうすることができる年齢でもあり、社会人でもあるということだ。

 

空気感の違い?均質化が求められている?他と違うことが怖い?この世の中は、この社会は、正解が一つであると思い込んでいる節がある。正解があること自体が当たり前だと思っている。それは既成概念という名のもとにある、人間が無意識で持っている不条理な決まりごとでもある。では生き方としてはどうなんだろうか?

 

答えはない。

 

今までもこれからも、そんな既成概念で生きたいのなら、それはそれで良いと思う。そこまで人間は強くない。でも、社会を築いてきた先人たちは、前を向いてならっていなかったからこそ、新しい創造物をこの世に誕生させ続けてきた経緯がある。

 

全体止まってしまったら、もう終わり。止まるな!止めるな!

 

【ひとりごと】イーモバイルのWiFiはすぐLowBatteryって出て焦らせる

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モットー (伊: 英: Motto)とは、社会集団内における自身の座右の銘のことであり、モットーは様々な言語で書かれるが、ラテン語で書かれる事が最も多い。国家全体のモットーはその国の言語で書かれるのが普通である(Wikipedia参照)。

 

「2050年の獣医師のあり方を考える」

 

これが僕の紋章学(モットー)です。社会集団内における自分の座右の銘でもある。

 

そして、モットーを掲げるうえで、大事にしていることは、「逃げない、はればれと立ち向かう」ことです。この世の中が、そして自分が身を置く世界が、絶対的に反抗することができない世界になったとしても、弱腰になって負けてしまってはダメ。だがら、逆に挑戦しなければいけない。それが無目的でもいいんです。逆にいつまでも挑み続けなければいけない。

 

会ったことがない人、あるいは一生会う機会がないような人とも、自分の仕事や発言を通じてコミュニケーションしていくことがものすごく大事。僕は、そこに生きがいを感じる人間です。僕が見ている世界は、真正面からぶつかってくる戦いに挑むことをやめない人間がいる世界。そんな世界を一緒に見てくれる人と、自分のモットーをカタチにしていきたいと思っています。

 

【ひとりごと】メン・イン・ブラック3が超観たい

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楽天が中国事業から撤退、ヤフーとともに中国市場で相次ぎ白旗

先日このニュースをTVで知って、ずっと気になっていたので自分なりに情報収集をしていたのだが、東洋経済オンラインが良いコラムを書いてくれていましたので、非常に勉強になりました。そのコラム「楽天・ヤフーはなぜ敗れた? 激変する中国オンラインショッピング市場」で示唆されている内容を、自分なりに以下にピックアップしてみた。

 

・中国オンラインショッピング市場のベースは「C2C」
・楽天・Yahoo!の口コミ注目度が低かった
・既存の中国人が経営する小売店のフットワークが早い
・日本製品がダメということは決してない

 

僕なりに挙げてみるとこんなところです。中国オンラインショッピングがC2Cであることは知っていたけど、意外にも本国中国人が経営する店舗のフットワークが軽いということは初めて知りました。この記事後半にも触れられていましたが、小売店の規模が小さいければ小さいほど、オーダメイドでユーザーとのコンタクトは早く取れるというメリットがあるということ。また、小売店とチャットをしながら商品を購入するという購買行動は、僕ら日本人には馴染みがあまりありませんよね笑 でも、これは正直マンパワーが掛かるといいますか、これも繰り返しになりますが、規模が小さければ小さいほど出来る技なのかもしれません。

 

また日本製品が愛想を尽かされたというわけでは決して無く、最近の中国オンラインショッピング市場においても、徐々にではありますが、B2C傾向になってきていると示唆されております。それはやはりC2Cでの「不信感」、中国製品に対する不信感は本国中国人でも持っているように思われます。日本のECのステークホルダーである楽天やYahoo!が白旗上げるという記事には、少し驚きましたが、これからもチャレンジするであろう日本企業の動向が気になります。この記事の最後にも触れられておりましたが、日本製品を中国本土で日本企業が流通するのではなく、それを中国企業に流通させる、つまりアウトソーシング化にしてしまえば、もしかしたらもしかするのかもしれません。でも、ECって難しいですよね。。。なんだかんだ言ったって楽天とYahoo!です。また好機を逃さまいと戦略を練っていることでしょう。どちらとも弊社もお世話になっているECですので、陰ながら応援しております。

 

【ひとりごと】タイタンの逆襲が観たい

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強烈なタイトルをつけてしまったことに反省をしていますが、このまま続けます笑

 

「心が綺麗すぎる」ことは非常に素晴らしいことです。とても普遍的かつ一般的といいますか、非常に聞こえが良いと思います。ですが、特別皮肉れているわけではありませんが、何かしら勿体無いといいますか、味気ないといいますか、少し人間離れしているといいますか・・・綺麗事のようにも感じてしまいます。

 

岡本太郎の有名な著書に自分の中に毒を持てがあります。強烈な内容となっていますが、読み終わったときに何が書かれていたのかハッキリと覚えていないという印象を受けました。ただし、岡本太郎の主張は一貫していて、「集団に馴染むために個性を殺すな。1人ひとりが本気で考え、自分の思いを爆発させなければ、世界はつまらなくなる」というメッセージがあります。最近情熱大陸でも取り上げられたことからも、Amazonでの売上は堂々の1位ということで、読了された方は大勢いられるはずです。この本には正直綺麗事だけでは済まされないナニかが詰まっています。今を生きる人々へのメッセージといいますか、混沌とした社会に切れ味抜群なメスが刺さるような感覚を未だに覚えています。つまり鮮烈な印象を植え付けられたのは事実です。

 

僕はこの本を読む前に、とある有名人の伝記を読んだことがあります。伝記と言っても小説の部類に入ると思いますが、三国志の登場人物である曹操が主人公である「曹操伝」という歴史小説です。乱世の奸雄とまで言われた曹操という人物の印象が180度以上変わったことには間違いありませんが、小説でしたのでスラっと読んでしまい、特別影響を受けた記憶はありませんでした。しかし、岡本太郎の「自分の中に毒を持て」を読んだとき、ふと「曹操伝」を思い出し、さらに「曹操」のインパクトというものが時間を超えて僕自身を襲ったことを覚えています。それは二人が「共通していること」を言っていたからでした。岡本太郎は著書のなかで「自分の中に毒を持て」と言い、曹操は「自分の心に闇を持て」と。

 

曹操が言い残した「自分の心に闇を持て」という言葉の前後には、このような記述がされていました。「お前の戦い方は綺麗すぎる。全く個性というものが無い。お前だけではなく、大勢がそうである。儒教というものは、人々の心まで侵蝕しているのか。これは由々しき事態である。」と。「儒教」という言葉が登場しましたが、当時の中華全土を席巻していた宗教(孔子の儒教(儒学))で、多くの人々が「儒教」のもとで人生形成しており、それを曹操自身は嫌っていた、という経緯から「儒教」に対し多くの非積極的な政策をしていたのも事実。つまり「儒教による自主創造性の欠如」というものです。そして曹操は、繰り返し「闇」という言葉を使います。その「闇」というものが、何を指していたのかは正直わかりませんが、曹操が新たに誕生させた戦い方(兵法)や政策(雇用)、そして文学(医学も含め)は、その「闇」から生まれてきたのではないでしょうか。

 

曹操が言う「闇」というものが、もしかしたら「・・・」なのではないだろうか?とたまに考えるときもあります。しかし今までその答えは見つかっておりませんし、これからも同様に見つかるはずもありません。ただし、「心に闇を持つ」ことで新しいナニかを誕生させれる・・・いやそういう利己的な理由だけでは持ちたくない代物なので、岡本太郎が言う「毒」、そして曹操が言う「闇」を参考にして、世界をつまらなくさせないためにも、「毒」も「闇」も持ちあわせてみようかと思います

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研究者時代の恩師に授かった言葉の一つにこのような言葉があります。

 

「若さというのは、その人の青春に対する決意で決まる。」

 

この言葉は当時の僕にとっても、そして今の僕にとっても、そしてこれからの僕にとっても、非常に重い言葉になるだろう。理由は、「若さ」という言葉を恩師に授かるまで、普遍的な言い回しでしかその意味を知らなかったし、そして使い方も同様にだったからだ。一般的に「若さ」というものは、ほとんど【年齢的なもの】を指すことが多い。しかし、その恩師が使う「若さ」はそれとは全く違うものだったのを覚えている。

 

「お前は常に若さを求めているな。その調子だ。その調子で脱皮し続けろ。そして常に青春でいろ。」

 

僕はこう捉えている。「青春」は『仕事』であり、その『仕事』に対して真摯に向き合うことで、常に「若さ」=「新しい発見」を身につけられると。非常に使い勝手良いように解釈している感じがするのだが、一つ一つの言葉を入れ換えたところで、特別違和感なく使えるような気がする。また、その恩師は「脱皮」という言葉を付け加えられていた。最初は「脱皮?」と思ったが、後日談であるのだが、その恩師は僕に向かって、「お前はこの3年間で4回も脱皮したな。」と仰っていた。恩師が僕に放った3年間という「時限」は、当時の僕の胸に大きく響き、そして泣きそうにもなったことを覚えている。

 

なぜその時、僕は泣きそうになったのか・・・未だにその理由はわからない。ただし、恩師は僕を見抜いていた、ということは間違いないと思う。当時、僕は多くの仕事をしており、会社起業もしたばかりの頃でだったと思う。毎日毎日、違った多くの仕事をこなしきれていなかった頃だと思う。自分が始めた仕事も多くあったのだが、毎日消耗しきっていた。多くの仕事をすることで、多くを学び、多くの出会いがあり、毎日が充実していたことは間違いない。ただし、完全に顔には悲壮感が漂い、もしかしたら周りにも迷惑を掛けてしまっていたかもしれない。それよりもなにより、孤独であった、と思う。そんな僕を、たった一言で助けてくれたのだ。恩師は、僕を勇気づけるために送ったとは思っていない。そのときの僕を、完全に読みきって、送った叱咤激励であったと思っている。

 

今はその孤独も多忙の生活を送るなかでは、非常に良いエッセンスにもなってくれている。先述したような経験とその恩師から授かった言葉は、僕を強くし、そして常に「若さ」を保ってくれているからだ。いつもいつも自分自身を脱皮し、固定することもなく、常に青春を保つことで、自分の目の前にあることに対し、無条件に真摯に向き合うことができる。これは素敵なことだと思っている。

 

「若さというのは、その人の青春に対する決意で決まる。」

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あなたの印象は他人が決める。
あなたの個性も他人が決める。
あなたの感性も他人が決める。
あなたの成果も他人が決める。

自分で決めれるものなど少ない。

印象が薄いのも、個性がないのも、
感性が薄れるのも、成果がないのも、
自分が決めるものではないけれど、
誰かのために、誰かのことを思いながら、
手を動かした数が、モノを言う。

遮二無二やろう。

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