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Archive for 2012年3月

日本復興の先兵となれ。

巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 

これは、昨年卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ宛てられた立教新座中学・高等学校の校長である渡辺憲司さんの言葉である。

 

以下全文を掲載する。これは僕自身が僕のブログに残しておきたい言葉でもあるためにでもある。

 

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

 

諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、 あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

「今日ひとりで海を見てきたよ。」

そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなの だ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32

 

 一言付言する。

歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、 今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。 原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの 供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

梅花春雨に涙す2011年弥生15日。

立教新座中学・高等学校校長 渡辺憲司

僕自身、親しい友人を震災で失いました。彼とのエピソードは以前ブログでも書かせて頂きました(知は力なり)。彼は岩手県大船渡市で被災にあった、ということまでしか分かっていません。それは、彼のご遺族もそうです。彼のご遺族は、九州長崎のとある離島に住んでいます。両親ともに身体が不自由で、さらには親戚も少なく、いまだに被災地に行けていないことを悔やんでいます。ひとり息子を亡くしたショックに、身体が自由にきかない不甲斐なさを、先日お電話で伺いました。僕も、彼の死に対し、今までの人生の中で最も長い喪に服しています。喪に服すことはおそらくこの先の人生、決して終わることはないと思います。ですが、どこかで彼が亡くなった場所に行かなくてはいけないと思っています。彼の両親の想いと一緒にいかなければいけないときがやってくる日は、そろそろだと感じています。

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昨夜、昔お世話をしていた後輩たちから電話が掛かってきまして。そんな夜に何故か熱くなるようなモノが僕の中で沸々と涌き上がってきましてね。そんな想いをTwitterでぶつぶつと呟いてみました。

 

@vets_tokiowow

 

教育者でも何でも無かった自分が、人の上に立つ立場になったときのことは、未だに忘れもしない。背筋が凍るような思いをするのと同時に、何とも言えない様な緊張感が僕を覆っていたことを思い出した。指導する立場という処にいる人間には、それぞれ「教育」という事象に対し、それぞれの思想や理念があるので一概には言えないのだけれども、期間限定付きの数年間の指導者・教育者に過ぎなかった僕の理念は、「人としての価値を高めてあげること」他なかった。

 

「人としての価値を高めてあげること」に必要なことは、たくさんあるのだけれども、最も効果的だった のは、「結果と成果の違い」を認識してもらうことだった。結果は非常に定性的なものにしか過ぎなく、展開および展望性に欠けるもの。一方で、成果は定量的 で、効果測定する為の武器になるというもの。成果主義までとは言わないけれども、結果から成果までの道のりは、「出来る出来ない」または「知ってる知っていない」の差が、ものすごく出て、最短距離を走れる人もいれば、ゴール、つまり成果までに辿りつけない人もいるということ。その「出来る出来ない」または「知ってる知っていない」の差を縮めてあげれる環境を提供できる人間こそ、教育者に、適していると心から思う。だが一方で、利己的に自ら動き出せれる、つまり自力で探求する人間性を養わせる環境も指導も同時に出来る人は、ホンモノだと思う。

 

僕自身、誰かに育てられた経験が少ないからこそ、大いにお節介や教育的指導に、向いているのではないだろうかという過信にもとられてしまうような考えを、当時は常に抱きながらの指導だったけれども、これだけは言える。下の子たちから教わることのほうが多い。まだまだ若い世代に属する者として言えるのは、若いからこそ大いにチャレンジも出来るということ。非常にベタではありますが、若いときだからこそ、成果にこだわって、今自分がいる場所を明確にし、手を動かしても良いのではと思います。というか、絶対的に良いのです。

 

昨夜呟いた内容を今読み返すと非常にお恥ずかしい内容になっていますが、僕の人生は何でもアリだと思っています。今は一獣医師として動物病院に勤務しながら動物医療を展開し、元研究者として今は臨床研究という新しい分野に挑戦しながら悪戦苦闘を繰り広げる日々を送り、「生きもののことを考える」をスローガンに小学校で動物のふれあい教室を開いたり、企業のCSRを獣医師目線でリハビリし直したり・・・また時には異業種のベンチャーの代表もしながら、商品開発に携わる社外コンサルタントとしていくつものメーカーを渡り歩き・・・若手個人事業主を応援する個人投資家として融資をしながら楽しいことをニヤニヤしながら協働する・・・そして「2050年の獣医師のあり方を考える」を永久スローガンと自分に命じながら・・・生きています。

 

僕がこれら営利・非営利活動に奮闘できるようになったのも、「教育」という世界に一回でもお世話になったからだと勝手に自負しているのです。上記呟きでも書きましたが、指導者の立場にいながらも下の子たちから教わることの方が多かったという経験、それこそが今の自分のバイタリティーになっていると思います。一度だけとはいっても、彼らの上司になった責任感は僕が絶命するまで続くと思います。そして今、僕に興味を持ってくれる若い世代、そして僕に対して無関心ではなく賛成や反対をしてくれる諸先輩方、もっともっとコミュニケーションしていきましょう。もっともっといっしょにいい運動していきましょう。ありがとうございます。

 

松波動物病院メディカルセンター
松波登記臣 DVM., Ph.D.

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